デイヴ・シルドクラウト〜マイルス『ウォーキン』のアルトサックス奏者
《ソーラー》の浮遊感
マイルス・デイヴィスの『Walkin'(ウォーキン)』。
信号機が大胆にもドアップでレイアウトされたジャケットで、ハード・バップの堂々たる幕開けを告げると評されているアルバムでもある。
また、マイルスが後年ライブで何度もアップテンポで演奏された表題曲《ウォーキン》の記念すべき初演が収録されているアルバムでもある。
また、村上春樹が最高にクールだと思うアルバムを1枚を挙げるとすれば、ということで挙げたアルバムで、56年に録音された『ワーキン』という似たようなタイトルのアルバムもあって勘違いされやすいアルバムでもある。
ピアノ叩きまくりのホレス・シルバーが、珍しく抑制を効かせたクールな演奏をしているアルバムでもある。
堅実で安定したパーシー・ヒースのベースラインがベーシストにとっては格好の教材となるアルバムでもある。
などなどと、まぁ、いろいろ話題には欠かないアルバムではある。
私はこのアルバムが好きだ。
なぜなら《ソーラー》が入っているから。
《ソーラー》。
恐らくこのアルバム収録のバージョンが初演になるのだろうが、非常に瑞々しい演奏だ。
独特な浮遊感のあるテーマの旋律。
冒頭の“Cm major7”の響きが理知的で美しい。
明るく、そしてちょっと陰りのある曲のムード。
一瞬ブルース形式かと思うような曲構成だが、純粋なブルース形式ではない。
以前、この曲のアンサンブルの指導を受けた際、講師でサックス&フルートプレイヤーの菊地昭紀氏は、マイルスにこんな高度な曲が作れるハズがない、きっとビル・エヴァンスあたりから「おい!」といってパクッた曲なんだろう、と話していた。
たしかにコーラスの終わりが、コーラスのアタマに繋がるという奇妙な循環メロディは、後年のビル・エヴァンス作の《ブルー・イン・グリーン》を彷彿とさせる。
ビル・エヴァンスがマイルスのグループに参加するのはずっと後年のことだから年代的に考えるとどうかとも思うが、この理知的な曲の構造は、なるほどビル・エヴァンス的ではあるかもしれない。
そういえば、エヴァンスは『サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』でもこの曲を演奏していたな……。
さて、テーマと最初のソロをミュート・トランペットで奏でるマイルスのプレイも素晴らしいが、なんといっても素晴らしいのがアルトサックスのDave Schildkrautだ。
今、アルバムのパーソネルを見ながら名前をタイプしてみたが、何度見てもこの名前は覚えられない。「デイブ・シルドクラウト」、でいいのかな?
フロッケン・ザーネトルテみたいな響きだから、きっとドイツ系のプレイヤーなのかだろう。←いい加減
このサックスが非常に良い。冷んやりとやわらかい音色と 、フワッとした軽やかなフレーズから醸し出されるテイストは、なんとなくリー・コニッツを思い出す。
しかし、16分音符で疾走する様は、キャノンボール・アダレイにも似ている。
この曲のハイライトは、なんといってもソロを取り終わったマイルスから絶妙なタイミングでシルドクラウトにソロをバトンタッチをした瞬間だ。
『サムシン・エルス』(Blue Note)をお聴きになった方はポン!と手を打つかもしれない。
トランペットからアルトサックスへのバトンタッチの瞬間が『サムシン・エルス』の《枯葉》にそっくりなのだ。
『サムシン・エルス』ではテーマを奏でたマイルスからキャノンボール・アダレイへとソロの手渡されるが、その時のフワッとした絶妙なタイミングとフレージング、そして音色が本当にキャノンボールにそっくり。
録音された年代からすると、《枯葉》のほうが4年後の録音だから、正確に言えばキャノンボールがシルドクラウトに似ていると言うべきか。
この《ソーラー》の素晴らしいソロがあるだけでも、私はデイブ・シルドクラウトというアルトサックス奏者を買う。
ところが、この人の経歴や、他にはどのようなアルバムに参加しているのかが皆目分からない。この人が参加している他のアルバム、どなたかご存知の方がいらっしゃれば、是非教えてください。
そういえば、セロニアス・モンクの『ブリリアント・コーナーズ』に参加していて、ソニー・ロリンズに負けず劣らずの力演をしているアーニー・ヘンリーも、そのプレイの素晴らしさに反比例するかのように無名なアルト・サックス奏者だ。
この人も、私の知る範囲ではリーダー・アルバムを1枚出しているようだが、それ以外の活動状況がよく分からないサックス奏者だ。
記:2001/02/15