水平ドルフィー⇒垂直ドルフィー

      2023/01/28

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習作『アウト・ゼア』

ジャズ喫茶「いーぐる」のマスター、後藤雅洋氏が、エリック・ドルフィーのお勧め音源としてよく紹介されているのが、『アウト・ゼア』だ。

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私もこのアルバムのタイトル曲は大好きで、よく聴いている。

スリルと技術的な裏付けゆえの安定感。この両者の絶妙な均衡がとれており、テーマもアドリブも、スピード感のある徹頭徹尾ホリゾンタル(水平)なメロディラインは非常に美しい。

これにドルフィーならではの推進力が加わるので、一気に演奏に引き込まれてしまう。

さらに、ロン・カーターがチェロで加わったことにより、妖しく不思議なムードも付加され、このアルバムでしか出しえない、独自のムードに包まれていると思う。

しかし、独自のムードを差し引き、さらに、ドルフィーならではのスピード感や音の強さを差し引き、単純に彼が奏でるアドリブ・ラインだけを抽出すれば、これは、明らかにビ・バップ独特の、上下に蛇行をくりかえしながらも、旋律が横軸に進んでゆくアプローチの延長だ。

もちろん、跳躍激しく、音の切れ目が少なくなってはいるが、このアプローチは明らかにパーカーのスタイルを咀嚼吸収した延長線上に成り立つネオ・ビバップ的なアプローチと解釈できる。

したがって、パーカー好きな後藤さんが、パーカー的な《アウト・ゼア》が好きなのは、流れとして、とてもよく分かるし、好みのスジが通っていると感じる。

もっとも、私はこの時期のドルフィーのスタイルは、厳しい見方かもしれないが、十分に独創的でオリジナリティはあるとは思うものの、まだまだパーカーの影響圏を脱しきっていない「習作」と捉えている。

一音の込めるインパクト

では、パーカーの影響圏から少しずつ離れ、ドルフィーはどのようなスタイルを築いていったのか?

一言でいえば「一音のインパクト」。

阿部薫にも多大な影響を与えたに違いない、音符の羅列ではなく、一音にインパクトを持たせるアプローチこそが、ドルフィーが関心を持ち、実際に演奏の中に少しずつ取り入れ始めたスタイルだろう。

この演奏が目を出すのは、『アウト・ゼア』より少し後年になってからのことだ。

では、いつ頃からか?

『アット・ザ・ファイヴ・スポット』でその萌芽が認められ、
『アイアン・マン』で完成の領域に近づき、
『アウト・トゥ・ランチ』で、その表現方法と音楽フォーマットが幸せな融合を果たした、

これが私のドルフィー観。

そして、このスタイルで、ヨーロッパの新進気鋭の先鋭ジャズマンたちと4ビートのフォーマットでのアプローチの試み、これこそが、傑作『ラスト・デイト』なのだ。

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水平から垂直へ

ドルフィーの表現の進化と、オリジナルなスタイルの獲得の過程は、まさに水平から垂直への移行と私は捉えている。

そして、音数がいくぶんか少なくなったぶん、アクセント的に時間の楔に打ち込まれる衝撃の1音の音圧と密度!

これこそが、ドルフィーの魅力の1つだと私は受け止めている。

もう少し具体的に書くと、たとえば、ファイヴ・スポットにおける《ファイヤー・ワルツ》や、《ザ・プロフェット》を聴くと、アドリブの一部に、旋律というよりは、まるで不思議な生き物の鳴き声のような、あるいは擬音のようなフレーズがアルトサックスによって演奏されている。

『アウト・トゥ・ランチ』も同様で、バスクラやアルトサックスで、「ブッ!」とか「ビュッ!」という「重たい一音」が放たれている箇所がある。

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これが、まさにマイルス・デイヴィスいうところの「馬のいななき」なのだろうが、パーカーの影響圏を脱し切れていない時期のプレイスタイルは、あくまで、時間という横軸と並行するかのように、音程の上下の落差はあるものの、横へ横へとアドリブラインが流れていった。

対して、後年の演奏で多く認められる「ビッ!」とか、「ビュッ!」という音圧の高い、あたかも圧倒的な情報量が一点に収斂したかのような重たい「音による一撃」を聴けば、 明らかに、ドルフィーのアドリブに対するアプローチの関心が、時間に対しての横軸から 縦軸に移行していることを意味している。

より抽象度が高くなり、より、バップの重力圏より「彼方へ(out there)」飛んでゆこうという彼なりの意思表示にも聴こえる。

そして、『ラスト・デイト』と、その数日後に録音された『ラスト・レコーディング』を録音し、でこの世を去ってしまったドルフィーだが、晩年に多くみられる、この時間の横の流れを寸断するかのようなアプローチこそが、その時点でのドルフィーが発揮したオリジナリティの到達点だと判断することができる。

阿部薫のスタイル

阿部薫のフリー・インプロヴィゼーションのスタイルも、あたかもドルフィーのスタイルの変遷とリンクしていることも興味深い。

阿部薫はドルフィーのようなスピード感を獲得したいと生前に語っていたそうだが、彼の音圧への眼差しは私淑するドルフィーのことを多分に意識していたのだろう。

阿部のキャリア初期の、『1970年3月、新宿』や『アカシアの雨がやむとき』と、晩年のレコーディング、たとえば、「騒」など晩年で繰り広げた音源とを聴きくれべれば 彼も「間」と「音圧」を重視スタイルに変わっていったのが明らかだ。

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ドルフィーも阿部も、「饒舌」から「寡黙」へとスタイルが変遷しているところが興味深い。

もちろん、晩年のドルフィーは、阿部ほど寡黙ではない。

パーカーライクなウネウネ・ホリゾンタルな要素を残しつつ、単音のインパクト表現をアクセント的に付加した内容に移行している。

このバランスの絶妙さを楽しみながら味わえるアルバムこそが、『ラスト・デイト』なのだ。

『アイアン・マン』や『アウト・トゥ・ランチ』の変則ビートとは違った、我々の耳になじみのある4ビートというリズムの枠組みの中で、きわめて良い按配で、リズムセクションとの違和感ないアンサンブルとして溶け込んでいる。

そういった視点で聴けば、多くの方がドルフィー入門の初期の段階で聴いたであろう『ラスト・デイト』も、違う音像として浮かび上がってくるに違いない。

ドルフィー放つ「馬のいななき」の音圧こそ、ある意味ドルフィーの到達点でもあったのだ。

記:2008/05/11

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