ホレスとマイルス
アーリントン・ホテルの608号室
若き日のホレス・シルヴァーは、一時期、ニューヨークのホテルに住んでいた。
ホテルの名前は「アーリントン・ホテル」。
このホテルのルームナンバー「608」が、ブルーノートの『ホレス・シルヴァー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ』に収録されている《ルーム608》のタイトルになったことは有名な話だ。
参考記事:ホレス・シルヴァー・アンド・ザ・ジャズ・メッセンジャーズ
そして、シルヴァーは、このホテルから「ピアノを弾いていいよ、ただし9時までね」という許可も得ている。
それまでは、ニューヨークの中心部から離れたブロンクスに住んでおり、音楽活動に多少不便さを感じていたシルヴァーは、さっそく「608」にピアノを運び込み、作曲活動に励むようになった。
マイルスのアルバム
ここに入り浸るようになったのが、若き日のマイルス・デイヴィス。
ピアノがあったことが大きいようだ。
ここで、マイルス自身もピアノを弾いて作曲をしたり、互いにピアノを弾きながら音楽のアイデアを交換しあっていたようだ。
これが結実したのが、名盤『ウォーキン』や、ブルーノートに吹き込まれた『マイルス・デイヴィス・オールスターズ』の演奏の数々だ。
参考記事:ウォーキン/マイルス・デイヴィス
参考記事:マイルス・デイヴィス・オールスターズ vol.2/マイルス・デイヴィス
私は特にブルーノートに吹き込まれたと『vol.2』を長年愛聴している。
ねずみ色をしたマイルスのオープントランペットの重いトーンもたまらないのだが、バックで軽妙に、かつセンスよく伴奏をつけるホレス・シルヴァーのピアノにぞっこんなのだ。
ホレス・シルヴァーというと、バッキングまでも饒舌で音数の多いピアノを弾く人というイメージが強いが、このブルーノートでのホレスの演奏は自らのリーダー作のときの演奏よりも、音数を3割から4割セーブしているように感じる。
「間」を大切にし、音を節約した吹奏をするマイルスのスタイルがそうさせたのかもしれないし、ホレス自身も「一番影響を受けたジャズマンはマイルス」と語っているとおり、マイルスからは音楽のコンセプトに関してはかなりの影響を受けているようだ。
そのわりには、後年に発表した諸作品には音数の多いものが多いのだが、少なくともマイルスと共演している時のホレスのピアノはソロ、バッキングともに、一音一音に無駄がなく、聴き応えのあるものばかりだ。
そしてもちろん、この2人のコンビネーションも抜群。
おそらく「ルーム608」でのやり取りが、音楽的な実を結んでいるのだろう。
マイルス・デイヴィスと共演した鍵盤奏者は、ビル・エヴァンス、ハービー・ハンコック、ウイントン・ケリー、レッド・ガーランド、チック・コリア、ジョー・ザヴィヌル、そしてセロニアス・モンクなどなど、ジャズピアニストの中でも、名だたるビッグネームが多い上に、一人ひとりが際立った個性の持ち主でもある。
しかし、彼らの影に隠れて以外に見過ごされがちなのがホレス・シルヴァーだ。
もちろん、後年のマイルスのスケール大きい作品群に比べれば、『ウォーキン』もブルーノートの『オールスターズ』も小粒な作品なのかもしれないが、小粒は小粒なりにピリッと締まりのある素晴らしい作品であることには間違いない。
いまいちど、ホレスとマイルスのコラボレーションに耳を傾けてみてはいかがだろう?
記:2018/02/18