アイム・オールド・ファッション/渡辺貞夫

   

グレート・ジャズ・トリオの初レコーディング

ハンク・ジョーンズ、ロン・カーター、トニー・ウィリアムスの3人で結成されたピアノトリオ「グレート・ジャズ・トリオ」。

じつは、このグループの初レコーディングは、ピアノトリオではなく、日本のアルトサックス奏者・渡辺貞夫を迎えたワンホーン・カルテット編成によるものだった。

1976年、ニューヨークのスタジオでの録音だ。

原点回帰

渡辺貞夫といえば、ブラジル系の音楽の第一人者というイメージが本国・日本では根強いかもしれないが、キャリアをスタートした時点では、生粋のビ・バッパー。

チャーリー・パーカーに私淑し、パーカーをテキストに鍛錬を繰り返し、さらには本場アメリカのバークリー音楽院にも留学。

留学時に書き留めた彼のノートが本になった『ジャズ・スタディ』は、ジャズを勉強する日本人にとっては、かつては必須といっても良いほどの教科書となった。

そのナベサダこと渡辺貞夫がキャリアの「原点」でもあるビ・バップに立ち返り、それをサポートするのが全員がマイルスのバックで演奏したことがある者たちという、贅沢な布陣で録音されたのが『アイム・オールド・ファッション』だ。

明朗闊達なアルトサックス

一曲目の《コンファメーション》。

パーカーを、いやビ・バップを代表するナンバーをセレクトし、冒頭に持ってきたあたりからも、ナベサダの「原点回帰」の並々ならぬ意欲が伝わってくるというもの。

サントリーの焼酎「樹氷」のCMナンバーも収録されてはいるが、それ以外はオーソドックスなスタンダードナンバーを中心に構成されている。

ハンク、ロン、トニーらベテラン3人のリズムに乗り、ナベサダは水を得たように吹く。

歌心、ノリ、勢い。

アドリブラインのアプローチの内容はパーカー的でありながらも、パーカーとは違う明朗闊達さが感じられる。

同じパーカー派を代表するアルト吹きにジャッキー・マクリーンがいるが、マクリーンとナベサダの最大の違いは音色やフレージングの明瞭さにあるのではないだろうか。

マクリーンの場合は、もう少しダークなニュアンスを帯びており、音程やフレージングの微妙なモタ付きがある。

逆に、その「欠点」の部分がマクリーンのプレイの「ジャズ度」を高めているともいえるのだが(少なくともジャズ喫茶育ちの耳にはそう感じる)、ナベサダのアルトには、そのような「不純物」的な要素は感じられない。

一直線、真っ直ぐ、そしてクリアで迷いがない。

この「クリア」であるところが、ジャズのみならず、一般受け方向の音楽を発表するにあたってもプラスに働いているのだろう。

チェルシー・ブリッジ

さてさて、話を『アイム・オールド・ファッション』に戻すと。

個人的にはビリー・ストレイホーン作曲の《チェルシー・ブリッジ》が大好きな曲ということもあり、このアルバムに収録されている同曲もファイヴァリットナンバーだ。

8曲目の《ワン・フォー・C》の「C」は千恵子の「C」。

ナベサダが倍賞千恵子に捧げた曲で、結婚を祝福して書いた曲とのこと。

果たして、伴奏をしているロン・カーターらは、倍賞千恵子のことを思いながら演奏していたのかどうかは謎だ。

グレート・ジャズ・トリオ結成後、初のレコーディングということもあり、また、日本のジャズマンの第一人者でもあるアルトサックス奏者との共演とういこともあり、トニーはスタジオ入りし演奏にのぞむまでは、かなり緊張していたというエピソードを聞いたことがある。

レコーディング開始後は、演奏に夢中になり、時の流れも忘れてしまうほど、あっという間に終わってしまったとのことだが、レコーディング前に緊張していたとは思えないほど、トニーのドラミングは奔放で勢いに溢れ、まぎれもなく、このカルテットの心臓となっている。

と同時に《チェルシー・ブリッジ》の繊細なシンバルワークも素晴らしい。

グレート・ジャズ・トリオは、やはりトニーのドラムがあってこそのグループだったのだということがよく分かる。

もうひとつの目玉は、アップテンポの《アイム・オールド・ファッションド》だろう。

これほどのハイテンポで演奏される《アイム・オールド・ファッションド》は、珍しいといえば珍しい。

アルバムタイトルは、このナンバーからなのだろうが、曲名の《アイム・オールド・ファッションド》に対して『アイム・オールド・ファッション』。

まぎらわしいといえば、まぎらわしいんだけど、石岡玲子プロデュースのジャケットの佇まいからすると、やっぱり「ファッションド」よりも「ファッション」のほうがシックリくるからということなのでしょう。

記:2015/08/12

album data

I'M OLD FASHION (East Wind)

1.Confirmation
2.Gary
3.3:10 Blues
4.Episode
5.I Concentrate On You
6.Chelsea Bridge
7.I'm Old Fashioned
8.One for C(From the TV Theme "Juhyo")

渡辺貞夫 (as,fl)
Hank Jones (p)
Ron Carter (b)
Tony Williams (ds)

1976/05/22

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