アフター・アワーズ/菊地雅章
2021/02/23
時間を溶かすピアノ
やばい! 嗚呼、どんどん意識が沈降してゆく……。
時間の感覚が麻痺してしまいそうなソロピアノだ。
《バイバイ・ブラックバード》、《マイ・フェイバリット・シングズ》、《カーニバルの朝》を始めとした有名曲が、これ以上は無いというぐらい、ゆっくりとしたテンポで奏でられてゆく。
いや、テンポがどうのこうのという世界ではもはや無い。
彼はメロディをピアノという道具を使って、時間の中に溶かし込んでいるのだ。
一音一音を耳で捉えるたびに、恐ろしく悠久な時間感覚を味わうことが出来る。
まさに、ホットな演奏が繰り広げられた後のライブハウスの静寂、アフター・アワーズにひっそりと耳を傾けたくなるような深いピアノだ。
まるで、底無しの夜の闇をさらに深化させてゆくように。
このピアノを夜に聴くと、本当に朝がやって来るのだろうか? という恐怖感と、いつまでもこの状態が続けば良いのにという退廃的な気持ちになっている自分に気が付く。
この深遠な夜、いや闇は永遠に続くんじゃないか?とすら感じる、恍惚感にも近い気分が身体全体を覆いつくすのだ。
酒が進む。
そして酩酊。
よりいっそう、プーさんのピアノが形成する空間に包まれ、訥々としたピアノの音と、ダルくて言うことをきかなくなりつつある、自分のクソッタレな酔っ払いボディがなぜかとても愛しく感じられるようになるのだ。
数時間後に訪れる「早朝」とか 「翌朝」とか「昼間」とか、 そういった言葉や概念を ピアノ一台の演奏がキレイに溶かしてしまうのです。
記:2002/04/24
album data
AFTER HOURS (Polydor)
- 菊地雅章
1.Bye Bye Blackbird
2.My Favorite Things
3.Mona Lisa
4.Soft Cry
5.Mahna De Carnival
菊地雅章 (p)
1994年7月
南青山"Body And Soul"