ダイアン・リーヴスと『マカロニほうれん荘』のキンドーさん
2018/01/11
好きな漫画を一つだけあげろ、と拳銃を突きつけられて脅されたら、しばらく迷った末に『マカロニほうれん荘』を挙げると思う。
小学生の頃、リアルタイムで毎週『少年チャンピオン』を買って読んでいた私にとって、このマンガは特別な思い入れのある作品だった。
当時の『少年チャンピオン』は全盛期だった、と思う。
少年ジャンプが全盛期を迎えるのはもっともっと後の話。
かろうじて当時のジャンプで毎週きちんと読んでいたマンガは、『サーキットの狼』ぐらいだったかな。
あと、『ドーベルマン刑事』も後半になってからは読み始めたけど。
それに比べると、当時のチャンピオンは、『ブラックジャック』、『らんぽう』、『レース鳩あらし』、『ドカベン』、『エコエコアザラク』、『ロン先生の虫眼鏡』、『750ライダー』、『千代の介が行く』、『ゆうひが丘の総理大臣』などなど、毎週楽しみなマンガが目白押し。
その頂点に君臨するのが、私にとっての『マカロニほうれん荘』だった。
キンドーさん、トシちゃん、ソージと、新選組の主要な3人物の名前をもじったキャラクターが毎週大暴れのナンセンス・ギャグマンガだが、なによりこのマンガのすごいところは、絵からビートが感じられるところだった。
ページからは溢れんばかりのビートのウネリが放射されていたのだ。
作者の鴨川つばめは、かなりの音楽通だったとは思うが、とにかく、単なるギャグに終わらず、そのギャグがどんどんエスカレートかつインフレーションを起こして、まるで、ミュージカルのような大仕掛けな舞台に発展してゆく過程が、バカバカしいけれども、本当におかしかった。
渋くて大人でカッコいいトシちゃん25才が、小学生の私からしてみれば憧れの人物だったし、あるコマではシブくキメていたトシちゃんも、次のコマではトレードマークの口をひし形にして2頭身になっているというギャップも大好きだった。
トシちゃんに憧れているルミたんも可愛かったしね(笑)。
もちろん、いつも「なにやってるんですか!!!」と突っ込みを入れるソージも好きだったし、いちばんギャグが過激で不条理なキンドーさんも愛すべきキャラクターだった。
キンドーさんは、ギャグをエスカレートする際、顔をシャネルズばりに黒塗りにして、黒人ヴォーカルがシャウトするような表情を作ることがたまにあったが、この表情が私は大好きで、当時ジャズやソウルなんて聴いたことがなくても、なんだかすごく未知の異文化の香りを感じていたものだ。
小学生にははかり知れないブラックミュージックの未知の世界を垣間見せてくれたのが、キンドーさんの黒人シャウトの表情だったのだ。
月日は流れ、いつのまにか私はソージの年(15) を追い越し、トシちゃんの年齢(25)に近づきつつあったある日、CDショップのヴォーカルコーナーで一枚のジャケットを見つけた。
ダイアン・リーヴスの『ザ・ニアネス・オブ・ユー』。
「き、キンドーさん。お久しぶりです!!」
まるで、ジャケットで歌うダイアンの表情は、キンドーさんの黒人コスプレの表情そのままではないか。
いそいで収録曲を見ると、《朝日のように爽やかに》をはじめ、《ミスティ》や《ハウ・ハイ・ザ・ムーン》と、有名なスタンダードが目白押しではないか!
急いでこのアルバムをレジに持っていったことは言うまでもない。
自由奔放で自然体なダイアンの歌唱は、同時にとても分かりやすく、曲のエッセンスを崩すことなく、我々の耳に届けてくれる。
マルグリュー・ミラーのピアノも素晴らしく、一発で気に入った。
ソージとトシちゃんの年齢を追い越してしまった私は、あと数年でキンドーさん(40)の年齢に達しようとしている。
月日が経つのは早いなぁと、感慨深げに、ダイアン・リーヴスのジャケ写を見つめるのだった…。
いっぽう『マカロニほうれん荘』のほうはというと、愛蔵版や文庫版もいいけれども、やっぱりファンは、表紙がカラフルなコミックでも楽しみたいよね。
以前、ハードカバーの愛蔵版も買ってみたけど、好きな話がかなり飛ばされて編集されていたので、やっぱりコミックで連続して読んでいくほうが良いのではないかと。
それに『マカロニほうれん荘』のテイストは、やっぱりハードカバーは似合わない。床屋さんや喫茶店の本棚に『ゴルゴ13』とともに置かれるようなソフトカバーの単行本だからこその味わいだと思う。
記:2009/02/24