サムシング・フォー・レスター/レイ・ブラウン

   

シダー・ウォルトンにも注目

シダー・ウォルトン作曲の《オホス・ロホ》が聴けるだけでも所有する価値のある1枚。

スペイン語で「赤い眼」という意味のこの曲は、ラテン・フレヴァーのリズムに、哀愁と力強さが入り混じった旋律が絡む情熱的なナンバーだ。

近年は、イタリアのトランペッター、ファブリッツィオ・ボッソ率いる新世代ハードバップバンド「ハイ・ファイヴ」もこの曲を取り上げ、スピード感と爽快さを色濃く打ち出した演奏をしている。

もちろんハイ・ファイヴのキレのある演奏も素晴らしいのだが、ビールにたとえると、ハイ・ファイヴのバージョンは、ビールというよりは、喉越し爽やかな発泡酒だ。

一方、レイ・ブラウンのバージョンはアルコール度数の高い、濃厚でコクのあるベルギービールに感じる。

どちらが良い悪いという問題よりも、これは好みの問題。

スピード感溢れるスマートな演奏は、喉が渇いたときには重宝するが、じっくりと腰を落ち着けて味わいたい場合は、コクと重量感のあるレイ・ブラウンがベースのバージョンに軍配があがる。

どっしりした安定感は、レイ・ブラウンのベースの暖かく太い音の賜物だ。

作曲者でもあるシダー・ウォルトンのジワリジワリと盛り上げてゆくピアノに、有無を言わさず演奏に強靭なグルーヴをもたらすエルヴィン・ジョーンズのドラム。

彼ら名手の三位一体となった《オホス・ロホ》は無敵だ。

内側から沸々と熱いものがこみあげてくるのは、きっと私だけではあるまい。

村上春樹が大きく取り上げたことによって、ジャズファン以外の読者からも注目を集めたシダー・ウォルトンは、その実力とは裏腹に過小評価されているピアニストの1人だろう。

もちろんピアノも素晴らしいのだが、《オホス・ロホ》のような情熱的なナンバーを書いていることからも分かるとおり、作曲のセンスも素晴らしい。

レイ・ブラウンがリーダーのこの『サムシング・フォー・レスター』では、ほかには《サムシング・イン・コモン》も作曲しているが、こちらはアップテンポのナンバーで、シダーのピアノとともに、レイ・ブラウンの卓越したベースでのバッキングもたっぷりと味わえる内容となっている。

レイ・ブラウンは、どうしてもオスカー・ピーターソン・トリオのベーシストというイメージが、彼のキャリアの中では大きな位置を占めるが、彼のような職人ベーシストは、スター性のあるピーターソンのピアノの屋台骨はもちろんのこと、レイと同じく職人タイプのシダー・ウォルトンとの相性も抜群に良いことをこの盤は教えてくれる。

ベーシストがリーダーのアルバムゆえ、どうしてもテーマの旋律や、ソロのパートは、ベースにスポットがあたる回数が多く、また、音量的なバランスもベースが持ち上げられたミックスになってはいるが(もちろん違和感を感じない程度に)、シダー・ウォルトンのピアノも十分に楽しめる内容なのだ。

シダーは、単なるベースを引き立てるバッキング要員の一員としての働きを超えており、音量のバランスを変え、ベースのソロパートを減らせば、そのままシダー・ウォルトン・トリオとしても通用してしまうほどの頑張りようだ。

タイトルの「レスター」は、このアルバムのレーベル、コンテンポラリーの社長、レスター・ケーニッヒのこと。

レイ・ブラウンがレスターに、「自分のリーダー作を作らせて欲しい」とお願いしたら、快く承諾し、録音の手はずを整えたという。

シダーを指名したのはレイだが、エルヴィンを選んだのはレスターだった。
音が大きくエキサイティングなドラミングのエルヴィンに、決してレイのベースの邪魔をするような叩き方をしてはいけないとレスターは指示を出したという。

そのためか、エルヴィンのドラムの音は小さく、というよりも奥に引っ込んだミックスに聴こえるが、これもおそらくはレスターの配慮なのだろう。

かくして1977年の6月、フュージョン全盛の世に、このような硬派でストレートアヘッドなピアノトリオが吹きこまれた。
しかし、録音直後にレスター・ケーニッヒは心臓発作でこの世を去ってしまう。

だから、このアルバムのタイトルは、レイ・ブラウンのリーダー作を世に出すために尽力したレスターに捧げる意味で『サムシング・フォー・レスター』となったのだ。

レイ・ブラウンの卓越したベースワークが楽しめると同時に、シダー・ウォルトンのセンスの良いピアノも同時に楽しめる『サムシング・フォー・レスター』は、ベースがリーダーの骨太なピアノトリオとして、ピアノトリオ好きは是非ライブラリーに加えて欲しい1枚だ。

記:2009/11/30

album data

SOMETHING FOR LESTER (Contemporary)
- Ray Brown

1.Ojos De Rojo
2.Slippery
3.Something In Common
4.Love Walked In
5.Georgia On My Mind
6.Little Girl Blue
7.Sister Sadie

Ray Brown (b)
Ceder Walton (p)
Elvin Jones (ds)

1977/6/22-24

 - ジャズ