ノラ・ジョーンズの素晴らしさをどう文字で表現すべきか、頭を悩ませながら書いている
経験値があがるほど、ある対象の評価が相対的に自分の中で上昇してくるということはよくあることだ。
私の場合はバド・パウエルが一番引き合いに出しやすい。
ジャズの聴き始めた頃から、私はパウエルのピアノはなんだかトンデモないということぐらいは直感では分かった。
ブルーノートの『アメイジングvol.1』や、ヴァーヴの『ジャズ・ジャイアント』は、本当によく聴いたアルバムだ。
ジャズに深くはまりこむ前に聴いたパウエルも凄いとは思ったが、面白いことに、ジャズを聞き込めば聞き込むほど、ますます凄さが分かってくるのだ。
ジャズにのめりこんでくると、バド・パウエルだけではなく、もっと色々なジャズマンを聴きたくなるよね。
だから、ガイドブックや雑誌を片手に「すごそうなアルバム」を聴いていった私。
100枚ぐらい他のジャズマンの演奏を聴いて、久しぶりにパウエルを聴くと、さらに彼の凄さが実感出来る。
500枚ぐらい聴いて、また思い出したようにパウエルを聴くと、この人、鬼なんじゃないかと思えてくるし、最初に聴いたときとは違った印象を受ける。
1000枚聴いて、ふとパウエルに戻ると、ジャズ史の中でも非常に特異かつ異常な表現力を持ったピアニストだったということが、これまでに聴いてきたアルバムの記憶の蓄積から俯瞰的に彼の実力を納得することが出来る。
そう、我々は音楽を聴いているときは、無意識に過去の記憶との比較作業を行っているのだ。
比較対象が多ければ多いほど、その中の上位にくるものは大したものになるわけだし、逆に最初は凄いと思っても、経験値が増えれば増えるほど、大したことがなくなってしまうこともある。
昔は「すげーっ!」と思っていたもの(人)が、ある日突然色褪せて見えることってあると思うけれども、これって、経験値が増えたことによって、自分の中での相対的な価値のランキングが下がったことを自覚することに他ならない。
だからこそ、ある対象を極めよう、未知の領域に踏み込もうと思ったら、とにかく、その数・量をこなすということは、単純ながらも真理だし、正しいことだと私は思う。
だから、昔、「いーぐる」のマスターの後藤さんが「100枚聴くまでジャズの好き嫌いは言うな」とデビュー本に買かれていていたが、これは過激なようで、じつは非常に的を射た考え方なんだよ。
表面的な言葉の印象のみから「体育会系的」と揶揄する人もいるにはいるが、それは、文字面だけを見て、真意を汲み取れなかった人の突っ込みに過ぎないと思う。
そういう人に限って、「ジャズというのは、思っているほど難しくないんだよ。簡単なんだよ」と甘い言辞に一元化しようとする。
ウソではないが、必ずしも本当でもない。
そう簡単に理解出来ない未知な世界だからこそ、人はジャズに惹かれるということだってあるのだ。
そう簡単に、カンタン、やさしい、お手軽 みたいにファーストフード化されても困る。
で、私は何がいいたいのかというと、ノラ・ジョーンズがいいということを言いたいのですね(笑)。
あ、正確に言うと、最近、ますます良くなってきた、ということかな。
もちろん、ファーストアルバムの『カム・アウェイ・ウィズ・ミー』は、最初は眉唾で聴き始めたものの、じわじわと好きになってきたアルバムではあった。
ライブのDVDも家ではよくかけているし、2枚目の『フィールズ・ライク・ホーム』のほうも、素晴らしい内容だと思っている。
でも、ちょっと距離を置いていた部分もあって、過剰な思い入れのようなものっていうのは持っていなかった。
しかし、久々に彼女を聴くと、やっぱり、いい~んですわ。
これまでに、プロ、アマチュアを含め、ジャズ、ロック、演歌などジャンルを問わず、様々な女性のヴォーカルを聴いてきた。
だから、私の記憶の中にはジャンルを問わずに膨大な量の女性ヴォーカルのメモリーがストックされていると思う。
で、さっきも書いたとおり、ノラ・ジョーンズの歌を聴いていると、無意識に、過去のデータベースとノラ・ジョーンズの比較検討位置付け作業が行われるわけなんだけれども、驚くべきことに、彼女の歌は、ベストに入るぐらいの上位に位置されてしまうんだよね。
気張らず、普通に、さらっと歌っているだけなのに、聴き手の感覚に心地よく訴えかけるヴォーカルは、やっぱり凄い。
いや、凄いという言い方は似合わないかもしれないな。
彼女はぜーんぜん頑張ってないし、いつだって自然体。
凄いだなんて書くと、力んでいるような印象を与えちゃうからね。
だから、なにがどう素晴らしいのか、これって、ノラ・ジョーンズの場合、非常に書きにくいんだよ。
さきほど引き合いに出したバド・パウエルの凄さについては比較的文字化しやすい。
しかし、ノラ・ジョーンズの場合は、声が良い、節回しが良い、曲が良い、伴奏が良い、そしてこれらの要素のすべてがバランスよく、トゥー・マッチ過ぎないぐらいしか書きようがないのだ。
たとえば、声が良いといっても、声のどこがどう良いのか?
今の私には、第三者を納得させるだけの言葉を見つけだすことが出来ないんだよね。
巷では「スモーキー・ヴォイス」と称されているけれども、あなた、スモーキーな声って言われてもどういう声かパッと思い浮かびますか?
おそらく多くのリスナーに分かってないけれども分かった気にさせる、つまり “煙”にまく には便利な言葉かもしれない。
しかし、言語化しにくいもどかしさこそが、ノラ・ジョーンズの魅力なことも確かで、そう簡単に彼女の謎が解けてしまったら、私のほうが面白くない(笑)。
ただ、これだけは自信を持っていえるんだけれども、ジャンルを問わず、私がこれまで聴いてきた歌声の中でも、その中でもかなり抜きんでた素晴らしい表現力を有した歌手だということは間違いないです。
やさしく、じっとりと甘く、それも露骨じゃなくてさり気なく、耳にまとわりつくのです。
それも、彼女はきっと「1」のつもりで、軽くさらっと歌っているのだろうけれども、聴き手のほうは確実に「1.5」や「3」の効果が及ぼされているところも、彼女の実力なのでしょう。
彼女はまだ若い。
これからの成長が楽しみな歌手です、ホント。
というか、ヘタに新しいことにチャレンジするよりかは、ずっとこの調子で一生いてくれても、ぜーんぜん構いません(笑)。
やっぱり、このアルバムは素晴らしい。
タイトル曲は、坂本九の ♪上を向いて~ に一瞬聴こえます(笑)。
セカンド・アルバム 音楽的に成長してますね。ま、好みで言うなら、私は1stのほうが好きだけどね。
記:2009/03/12
追記
以前、ラジオ番組でシンガーソングライターの上野まなさんとノラ・ジョーンズについて語りあったことがあります。
結局、彼女の歌は「いいね~」「良いね~」に終始してしまったような気が……。
記:2016/02/19