ザ・プロフェティック・ハービー・ニコルス Vol.1/ハービー・ニコルス
わりと聴きやすい
これはブルーノートが発売した10インチのLPがCD化されたものだ。
ハービー・ニコルスが36歳のときの初録音作品。
『vol.2』も出ており、両者ともに、ジャケットの絵は、バリトンサックス奏者、ギル・メレが描いたものだ。
このミロ的でもあり岡本太郎的でもある可愛くて力強いタッチのイラストに惹かれてジャケ買いをしてしまったジャズファンもいるのではないだろうか。
「なんだ、わりと聴きやすいじゃん。」
これが最初に聴いたときの最初の感想。
ピアニスト、ハービー・ニコルスといえば、筆頭にあげられる代表作は、同じブルーノート・レーベルから出ている『ハービー・ニコルス・トリオ』だが、こちらよりも数段親しみやすい。
もちろん、『ハービー・ニコルス・トリオ』も独特で重たい粘り気のある演奏ではあるが、決して難解な作品ではない。
少々とっつきにくいムードを醸し出しているのかもしれないが、そのとっつきにくさの理由は、聴き慣れないメロディとハーモニーが繰り広げられているからであり、もしそう感ずるのであれば、ハービー・ニコルスがいかに独創的な音空間を創出しているかの証明でもある。
基本的に『ザ・プロフェティック vol.1』で繰り広げられている演奏も、独創的なハーモニーとメロディに満ちているが、しかし、こちらの演奏のほうが、ほんのわずかではあるが、代表作のトリオよりも快活で躍動感が感じられるぶん、親しみやすさを感じるのだろう。
わずかな肌触りの違い
『ハービー・ニコルス・トリオ』の録音は、この『プロフェティック』が録音されてから1ヵ月後の7月と、2ヵ月後の8月、そして翌年の1956年の4月なので、録音時期はそれほどかけ離れているわけでもなく、ニコルスのピアノのスタイルにもさして大きな変化があるわけでもない。
ベースもアル・マッキボンだし(一部『トリオ』のほうはテディ・コティックだが)、違うといえばドラマーがアート・ブレイキーかマックス・ローチかの違いだけなのだが、タイム感の異なるドラマーとはいえ、ドラマーのドラミングの違いが演奏に大きな影響を与えているとも感じられない。
となると、結局は演奏する曲の違いと、レコーディングに臨むニコルスのモチベーションの違いなのではないかと推察される。
もちろん、こちらの『プロフェティック』に手を抜いているというわけではないのだが、おそらくは『ハービー・ニコルス・トリオ』のほうが、この録音で得た感触をさらに自分なりに深化させていこうという意気込みが感じられる。
だからこそ、よりハーモニーが重厚さを増し、響きも多義的になった『ハービー・ニコルス・トリオ』の演奏が、時として重苦しいくらいに感じ、その対比効果として、『プロフェティック』の演奏には『ハービー・ニコルス・トリオ』にはない軽やかさが感じられるのかもしれない。
つまり、内容の濃さ、演奏の充実度であれば明らかに『ハービー・ニコルス・トリオ』のほうに軍配が上がるのだが、それがかえってリスナーに「ニコルス=難解なピアニスト」「ニコルス=よく分からないピアニスト」という烙印を押されてしまったのかもしれない。
もちろん、こちらの『プロフェティック』にもニコルスらしさは随所に出ている。
十分にユニークかつワン・アンド・オンリーのスタイルだ。
しかし、どこか突き抜けた軽やかさが感じられる。あくまで『ハービー・ニコルス・トリオ』と比較して、の話だけど。
そういった意味では、まずは最初にニコルスを聴くのであれば、言い方悪いけれども、少々「薄口」の本作からニコルスに入門したほうが、抵抗感を感じることなくニコルスが奏でるピアノの世界に入門していけるのではないだろうか。
同様のことは、1週間後に録音された『vol.2』にもいえることで、出来ることなら『vol.1』と『vol.2』をあわせて楽しんでいただきたい。
ミュージシャンズ・ミュージシャン
そのユニークさという点において、セロニアス・モンクと同一俎上で語られることの多いニコルスだが、彼のユニークさのポイントはモンクと同様、彼が繰りなす独特なハーモニーだろう。
ニコルスは、モンクが自宅で開いていたセミナーに熱心に通っていたジャズマンの一人であり、ハーモニーに対してのアプローチ、考え方は師匠のモンクから多くのことを学んだに違いない。
だからこそ、彼が出した結論は、モンクとは異なる響き、そして、その響きと不可分なユニークなメロディだった。モンクと異なり、重く閉じてゆくような独特なハーモニックセンスは、たしかに「暗い」「重い」と一蹴してしまう人もいるだろうが、これはこれで唯一無二のもの。
残念ながらモンクほど一般的な人気を現在でも獲得していないニコルスではあるが、ピアニスト、ミシャ・メンゲルベルクなど一部の熱心なファンもついていることは確か。
おそらくはミュージシャンズ・ミュージシャン的な存在なのだろう。
彼が何を考え、どのような音世界を構築すべく鍵盤を叩いていたのか。
そのようなことに思いをはせながら耳を傾ければ、少々とっつきにくく感じたニコルスの世界もいくぶんか氷解し、こちらの耳に近づいてくるはずだ。
記:2019/05/14
album data
THE PROPHETIC HERBIE NICHOLES VOL.1 (Blue Note)
- Herbie Nicholes
1.Dance Line
2.Step Tempest
3.The Third World
4.Blue Chopsticks
5.Double Exposure
6.Cro-Magnon Nights
Herbie Nichols (p)
Al McKibbon (b)
Art Blakey (ds)
1955/05/06
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