ジャズ来るべきもの/オーネット・コールマン

      2022/12/13

音色そのもので訴えかけてくる

言葉が通じなくとも、気持ちや思いは相手に伝えることが出来る。

人間の脳は、意味を意味として理解するだもではなく、雰囲気や快・不快といった漠然としたニュアンスも処理できる能力を持っているからだ。

というよりも、そちらのほうが、本能レベルで、いや、動物レベルで、余計な「意味」というような七面倒くさいバイアスを経ずに短時間で情報処理ができるはずだ。

初対面の人の第一印象は7秒で決まってしまうと主張している本だってあるし、もっと身近な例でいえば、たいていの母親は、赤ちゃんの泣き方で、オムツなのか、ミルクなのかを判別することが出来る。

音、雰囲気、ニュアンスの微差を感じ取れる能力は、元来私たちには備わっているし、その微差に込められた情報の差異は、きっと大きい。

だから、成人したオトナの我々だって、少しだけ相手に踏み寄ってあげれば、少しだけ相手の心の扉を開くだけで、意味を超えて、もっとダイレクトに感情を受け止められるはずなんだ。

オーネットの音楽もそうだよね。

ま、彼は作曲家志望だったからメロディにも色々なニュアンスを込めているんだろうけれども、もっとダイレクトに音色そのもので訴えかけてくる。

人によっては単純であっけらかん、人によっては甲高くノイジーに感じるかもしれないオーネットのアルトサックスの音色には、様々な情感が宿っているのだ。

音色とリズム

さらに、ピッタリと寄り添う彼の相棒、ドン・チェリーのラッパとの音。

この二者の発する音が、独特な空気を形作る。

この2つの音色がブレンドされた様々な表情の音を浴びるだけで、理解ではなくて、身体全体がサウンド受け止める作業に入る。

まったりとした感じ、ゆったりとした感じ、突き刺すような感じ、発狂しつつもハッピーな感じ。
……その他色々なニュアンス。

おそらく、メロディと、コードの響きという味付けによって、我々は音楽を捉える習慣が身についているんだろうけれども(あ、あとは歌詞もね)、でも、そんな高度な脳の処理に後押しされなくても、もっと原始的な単純な音色というダイレクトに聴覚に訴えかける運動を受け止めるだけでも、充分に音楽を楽しむことが出来るのだ。

リズムが大事。

音色が大事。

リズムは「ノリ」だったり、「間」だったり、「タメ」だったり、「スピード感」だったり、「グルーヴ」だったりも含むが、いずれにしても、全部大事。

音色は音の「インパクト」や「音圧」、「音量」、「空気感」、「音の通り」などで、それら全部が大事。

この2つの要素はとても大事。

3、4が無くて、5番目か6番目に大事なのが、メロディだったりハーモニーだったりする。

あくまで私的な基準によれば、だが。

だから、オーネットの音楽を私が好きな理由は、一番大事な2つの要素を、なにはともあれ最優先で表現し、実際、こちらに訴えかけてくるから。

それは、4ビートのリズムでも、オーケストラ作品でも、奇妙だが心地よいファンク路線のプレイにおいても、全部同じ。

一貫して音色とリズムの2つの要素を大事にしている。

余裕があれば、さらに空気の振動や、時間の揺れのみならず、様々な想像力を廻らせてみよう。もっと楽しめるから。

難解に語ろうとすれば、いくらでも難解に出来るのがこのアルバムの厄介なところなのかもしれんないが、実際は、難解に理解しようとすればするほど、音が遠ざかってゆくんじゃないかな。

意味や疑問符を捨て、なにはさておき単純に受け止めようとすると、今度は音が勝手にこちらの耳の穴にスルリと入ってきてくれる。

さてさて、しかし、しかし。
発表当時はこの『ジャズ来るべきもの』は問題作だったらしい。

では、「今」のあなたにとっては問題作……ですか?

様々な角度から、新鮮な「音情報」を提示してくれるという意味では「問題作」にもなりうるのかもしれないが、少なくとも「モダンジャズの文法」、「アコースティック4ビートの定型」と比較して逸脱しているから「問題だ」とは感じられないのではないか。現代の耳、現代の価値基準で聴けば。

ちなみに、私は、《ピース》と《コンジーニアリティ》が大好き。

とってもメロディアスではないですか。
そして、特に《ピース》は、単純素朴で、音も良い意味でスッカラカンで風通しがよく心地よい。

どこがどう良いのか、なかなかうまく他者に共感していただく言葉や喩えが見つからない。そういった意味では、問題作かもしれませんね。

記:2005/05/31

album data

THE SHAPE OF JAZZ TO COME (Atlantic)
- Ornette Coleman

1.Lonely Woman
2.Eventually
3.Peace
4.Focus On Sanity
5.Congeniality
6.Chronology

Ornette Coleman (as)
Don Cherry (cor)
Charlie Haden (b)
Billy Higgins (ds)

1959/05/22

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