ベスト & ラスト・ライヴ/屋良文雄
寓話 ピアノトリオ
ジャズピアニスト・屋良文雄氏の演奏は一度だけ「生」で、それも至近距離で鑑賞したことがある。
その昔、沖縄旅行をした際、彼が経営する店「寓話」に行ったときのことだった。
その時の演奏フォーマットは、ベースがエレクトリック・ベースのピアノトリオだったように記憶している。
スタンダードが中心に演奏され、締めは《スペイン》で盛り上がっていたことを記憶している。
エレクトリックベーシストが奏でる木目が渋いプレシジョンベースの低音は、暖かく腰のある音色だったので、図々しくもセット終了後に軽くベースに触らせていただいた。そのプレシジョンベースにはフラット弦が張られていた。
その後、ひとしきり酒と料理を楽しみ、お店を後にする際、屋良氏に握手をしていただいたが、思ったよりも小さく柔らかい手だった。
屋良文雄 プロフィール
「寓話」に行くまで私は、ジャズピアニスト屋良文雄のことはまったく知らなかった。
地元のジャズマニアからは、沖縄を代表するピアニストを知らないとは!と呆れられてしまった。
店に連れていかれる途中、その地元在住のジャズに詳しい人からは「ジャズ好きが沖縄に来たら、屋良さんと寓話を知らずに帰るのはモグリだよ」と言われ、簡単なプロフィールを教えてもらった。
なんでも、在日米軍基地でジャズピアノを弾いており、好評を博していたのだという。ビル・エヴァンスを敬愛し、地元・沖縄をホームグラウンドとして活動を続けている。そして、2001年からは「沖縄ジャズ協会」の会長も務めているという。
そして、店に連れていかれ、運よく屋良文雄のピアノトリオの演奏を運よく聴くことが出来たわけだ。
柔らかく包むようなピアノだった。
そして、それが私が聴いた最後の屋良文雄のピアノだった。
その後、しばらくしたら、屋良氏が癌で亡くなったという知らせが届いた。
享年70歳とのことだった。
2枚組CD
この訃報からしばらくして、屋良文雄名義のCDが発売された。
『Best & Last Live』という2枚のCDだ。
私は沖縄での演奏を懐かしく思い、飛びつくように購入した。
ピアノトリオのみの内容かと思ったら、そうではなく、《マック・ザ・ナイフ》など男女の混成合唱も収録されているものだった。
このアルバムに収録されている屋良氏の演奏を聴くと、よくも悪くも、「寓話」で聴いたときの印象とはかなり違っていることに驚いた。
良くも悪くも「流暢ではない」。
私の記憶が美化されているだけなのかもしれないが、店で聴いたときのピアノのほうが断然良かったのだ。
なにかが違うと感じた。
その違いは、おそらくピアノのリズム、というよりタイム感、ノリのようなものだ。
記憶の中のピアノの演奏と違い、非常にノリ、タイム感に独特なものを感じたからだ。
すごくカクカクしているというか、「ヒョッコリ、ヒョッコリ」としたノリなのだ。
それが顕著な演奏のひとつ、《酒とバラの日々》を聴いていただければ、ピアニスト屋良文雄の特異なノリを感じ取れるのではないかと思う。
セロニアス・モンクのような強烈なツンノメリはないのだが、少なくとも流麗ではない。
いわゆる本場のハードバッパーが奏でる4ビートとはかなり違い、要するにレガートしていない。これもまたひとつの個性だとは思うが、かなり好き嫌いが分かれるノリなのではないかと思う。ブルーノート、プレスティッジなどのレーベル全盛期のハードバップジャズを比較の俎上に載せることもどうかと思うし、これらのジャズとノリが違うこと自体、それがピアニスト・屋良文雄が強烈な個性の持ち主であるということの証でもある。
そして、この演奏は、じつはガンでなくなる3週間前の演奏だったということを後で知った。本調子ではなかったのかもしれない。
最初に聴いた人は、この独特なカクカクした少々前ノメリなピアノに驚きを感じるかもしれないが、聴いていくうちに、このなんともいえぬ風情にも深い味わいを感じられるようになるのではないかと思う。
記:2022/11/26
album data
Best &Last Live(リスペクト・レコード)
- 屋良文雄
disc 1
1.南風 Part 1
2.南風 Part 2
3.新北風
4.センチメンタル
5.ミッドナイト・イン・寓話
6.ウヤガン
7.トントンミーブルース
8.オキナワ・ウイング
disc 2
1.望郷
2.トントンミーブルース
3.星も光りぬ (「トスカ」より)
4.あなたの声に心が開く (「サムソンとデリラ」より)
5.お願いお父さん (「ジャンニ・スキッキ」より)
6.歌に生き 愛に生き (「トスカ」より)
7.カロ・ミオ・ベン
8.酒とバラの日々
9.ハバネラ (「カルメン」より)
10.マック・ザ・ナイフ (「三文オペラ」より)
11.泊り舟
12.ある晴れた日に (「蝶々夫人」より)
屋良文雄トリオ
津嘉山善栄
川上武
シャバラバラ
赤嶺紀子
高江洲智香子
新垣真由美
発売日:2010/07/21