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ブラスコウ/秋友克也氏のブログ記事を全部読みました

ブラスコウ/秋友克也氏のブログ記事を全部読みました

ヘタの横好きが何故に気負う?

プラモ作りなんですが、どうも私の場合、たくさん「手数」をかければかけたぶんだけ「良い仕上がり」になると思い込んでいるところがあるんですね。

でも、最近、ようやく気がついたんですけど、ちゃんと作っても、急いで作っても、だいたい出来映えは一緒だという(苦笑)。

だったら、「たくさん作りたい!」と考えている私にとっては、少ない時間でたくさんのプラモを作りたいわけで。

そもそもプロのモデラーでも、ベテランのモデラーでもないヘタの横好きでプラモ作りをしている私が「肩の荷」なんてあるわけないんだけど、どうしても、プラモを作ろうとすると、いつの間にか気負っている自分に気がつきます。

好きに作ればいんだし、好きに塗ればいいのに、いつの間にか、模型雑誌で得た知識や、ネットで得た情報で頭の中がパンパンになっているようです。

だから、こうするときは、こうしなければならない」みたいな、方法や定石のようなことばかりが頭の中を重くして、プロモデラーほどの腕は微塵もないくせに、なぜか、プロモデラーの真似事っぽいことをしようとしている自分がいるんですね。

誰に見せるでもなく、誰に褒められるわけでもないのに、カタチになって楽しい、色の変化が面白いという、素朴な快感を味わいたいだけなのに、なんでまた、立派な作品を作ろうとする必要があるのか、と。

そんなに気負う必要はまったくないのにね。

SNSにアップすることが目的化していないか?

で、先日、ブラスコウ/秋友克也氏のブログ「モデログラード:模型とアメコミの日々」の記事を全部読んだんですが、あ、この方は『水溶きアクリル筆塗りテクニック』と『週末楽楽プラモ生活』の著者の方なのですが、目からウロコというか、「そうそう!」と思わせてくれる一文がありました。

大したことない道具で大したことない作業をして、資料なんか見ないで。雑誌作例や全国コンテスト優勝みたいな超絶完成品は目指さないけど、家の玄関に置いて出勤の度に眺めてニヤニヤできるぐらいのレベルには持っていく。一番需要が厚いのはその層なのでは。

引用:「一番ラクなプラモ講座」構想より

ま、これって思えば『水溶きアクリル』や『週末楽楽』にも書いてあった内容だったとは思うのですが、やっぱり言われてみればその通りなんですよ。

まさにその通りで、「家の玄関とかに置いてニヤニヤしたい層」でございます、私。

単に好きで作っているだけで、べつにコンテストに出品しようとか、SNSで「いいね!」ボタンをいっぱい押してもらいたいとか、そのようなことのために作っているわけじゃないんですよね。

そういえば、少し前の『アーマー・モデリング』では、「いいね」をもらうための特集を組んでましたけど、やっぱり多くのプラモデラーってSNSなんかで「いいね」をもらいたいのかな?

もちろん私も製作過程なんかはSNSにアップしているけれども、それが目的ではないんですね。いや、私ごときの低レベルの作品で「いいね」をいただこうだなんて厚顔無恥なことを考えてませんで、むしろ、こんなヘタっぴでも堂々と気軽にアップしているアホな自分を楽しんでいることを前面に押し出したいというのが本音なんですね。

あと、どうも「ジャズの人」と見られがちなところがあるようで、まあそれはそれで趣味が高じて、過去にはラジオやらせてもらったり、本を書かせてもらったりしたこともあるから仕方のないことなのかもしれないけど、あんまりジャズ一辺倒な人ってみられたくないよねぇっていう意識もあるのかもしれない。決して私はそうは思っていないんですが、ほら、世間的にはジャズ好きな人のイメージって、いまだ「面倒くさい人」とか「屁理屈人間」とか「高尚な趣味をお持ちですね」とか「ブランデーグラスをくるくる回して悦に入るおっさん」とか、そういうイメージが強いような気がするのね。実際は、そんなベタな人は少ないと思うんですが(推測)、なんとなく世間が抱く「ジャズおっさん」のイメージに対して「そんな感じでもないんですよ」という一石を投じたい気持ちもちょこっとあるのかもしれません。

ま、それはどうでも良いことなんですが、私がプラモに望むものは「楽しさ」。以上!って感じなわけでありまして、要するに、手を動かしているうちに、少しずつ、しかし確実にだんだん形になっていくプロセスが楽しいんですよ。
純粋に手が喜びます。

さらに、筆のたった「ひと塗り」で雰囲気がガラリと変わるのを見ていて楽しい。
単純に目が喜びます。

それだけのために作っているんですよね。

もちろん、制作過程は、ツイッターやフェイスブックのSNSや、このページにもアップしていますが、どちらかというと「備忘録」的なニュアンスが強いですね。

だから、べつに、人目を気にして「ヘンな作品をアップして顰蹙を買ったらイヤだな」とか、そういうことってまったく考えていないんですよね。

実際ヘンなものも臆面もなくアップしているし。


呼んだ?

とはいえ、もしかしたら、アップしている過程で、無意識にそういうナルシスティックな想いが知らず知らず芽生えてきてしまっているのかもしれない。

それは、あまりヨロシイことではないですね。
だって、べつに褒められたいからプラモいじっているわけじゃないですから。

だったら、好き勝手に作って、べつにすべてのプラモを塗る必要もないし、すべてのプラモを完成まで持っていく必要もない。
途中で、つまらなくなったら中断してもいいし、最悪、作ることを放棄しちゃっても良いと思う。
趣味に対して生真面目になる必要はなし。思いっきり無責任になれるところが趣味の特権なのではないでしょうか。

それなのに、そんな私とて、なんだか最近はSNSやブログにアップすることを前提にプラモを作ったり画像を撮影したりしているところがなきにしもあらず。

それじゃいかんよね。

そういう思いを抱かせてくれたのが、秋友氏のブログに書かれた一文だったのでした。

大したことない道具で大したことない作業をして、……ニヤニヤできるぐらいのレベルには持っていく。

そうなんです、ニヤニヤしたいだけなんですよ。
大したことない道具で大したことない作業をしてニヤニヤしたいだけ。

そういう方は、きっと大勢いるはず。

いつの間にかSNSにアップすることが目的化している方は、いまいちどブラスコウ/秋友克也氏の著書やブログを読んで、気持ちの原点回帰をはかることも一興じゃないかと覆うのです。

記:2019/07/28

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