クルージン/大西順子
ヒギンズのドラム
経験値の少ない若者が操縦する最新鋭でギミックだらけのガンダムよりも、百選練磨の古参兵が操るザク(グフでもよい)のほうにシンパシーを感じる。
ジャズも同様。
たくさんの引き出しやテクニックを身につけたドラマーよりも、少ないワザで、数多くのセッションを戦い抜いてきたドラマーの風格ある音に惹かれる。
ベテラン・ドラマ―のビリー・ヒギンズは、テクニシャンではないのかもしれないい。
少なくとも、ドラムオタクがヨダレをたらすような派手なワザは持っていないと思う。
彼は、シズル・シンバルによる、「シンバル・レガート一発」のドラマーだ。
しかし、オーネット・コールマンの先鋭的な4ビートから、リー・モーガンの《サイドワインダー》に代表される「ジャズロック」、さらに映画『ラウンド・ミッドナイト』での「真っ当な」スタンダード演奏、そして、共演時はまだ新人だった大西順子のバックアップなど、様々なスタイルのジャズマンとなんの違和感もなく渡り合える懐の深さがある。
少ない手持ちの技も、経験値の高いジャズマンの技は、磨かれ、鍛え抜かれた者だけが持つ含蓄がある。
たかだかシンバルの一音でも、ビリー・ヒギンズは、共演者を鼓舞し、イマジネーションを触発するなにかを持っている。
実際、オーネットの曲《コンジーニアリティ》を演奏する大西順子は、ビリーの一打ごとにインスパイアされっぱなしだったという。
つくづく思う。
音楽はワザではなく経験値なのだ、と。
技より経験値
それは、恋愛や仕事や交渉ごとにも言えると思う。
テクニックに頼るうちは、まだまだオコチャマなのだよ、と。
技や小道具をたくさん持ち、身体的能力においても兄達に勝るウルトラマンタロウだが、いざ実戦においては、少ない技で幾多の戦いを経てきた初代ウルトラマンやウルトラセブンのほうが、「戦い方」を知っているゆえ、現実にははるかに強いし、使える(と私は思っている)。
それと同じだ。
まずは、大西順子のピアノを表から陰から支え、鼓舞し、プッシュする、古参兵・ヒギンズのドラムを聴け!
ロリンズナンバーとオーネットナンバー
では、このアルバムでの大西順子のピアノに耳を傾けると何がいいか?
むっつり無愛想なシングルトーンが挑発的なソニー・ロリンズ作の名ブルース《ブルー・セヴン》がいい。
ピアニストなのにピアノレストリオが好きだという大西順子。
これを聴けば、「うん、なるほど!」
そして、圧巻なのはオーネットの《コンジーニアリティ》。
オーネット・コールマンを代表する「もっともオーネットっぽい曲」のベスト10にランクインしそうな、非常に特徴的なナンバーなのだが、まさかピアノで、これほどまで力強く演奏しちゃうとはね……。
原曲は『ジャズ来るべきもの』で、ピアノ抜きの編成で演奏されているのだが、この演奏が持つ独特なムード、つまりは、ほにょほにょと心地よく曖昧な旋律と、ビシャッ!と締まりのある局面とのコントラストを、アタックの強いピアノの打鍵でさらに拡張している感がある。
さらに中盤の倍テン(倍速テンポ)の箇所が圧巻だ。
めくるめくスピード感、確信に満ちた力強いフレージング。
これにガツーンとやられない人はまずいないことだろう。
この2曲だけでも10年以上は聴き続けられてしまう優れモノ音源なのだ。
記:2010/08/15
加筆修正:2017/06/02
album data
CRUSIN' (Somethin' Else)
- 大西順子
1.Eulogia
2.The Shepherd
3.Summertime
4.Congeniality
5.Melancholia
6.Caravan
7.Roz
8.Switchin' In
9.Blue Seven
大西順子 (p)
Rodney Whitecker (b)
Billy Higgins (ds)
1993/04/21 & 22