ピアノ紳士 トミー・フラナガンの名盤、名演
2021/02/11
名脇役
トミー・フラナガンは、非常に趣味の良いピアニストだと思う。
決して主役をはるタイプではないけれども、あのドラマでも、そういえばこの映画にも出ていたよなぁ、って役者いるでしょ?
たとえば、モーガン・フリーマン、あるいは黒澤映画になくてはならなかった存在である志村喬のように(もっとも志村喬はいくつかの映画では主演をしているが……)。
ジャズで言えば、フラナガンこそ、そのタイプ。
いぶし銀の存在感で脇を固める。
しかも、上品で味わい深いピアノを弾く、ピアノの紳士と呼ぶに相応しい人だった。
ロリンズの『サキソフォン・コロッサス』、コルトレーンの『ジャイアント・ステップス』などの歴史的名盤にも参加し、最近では、村上春樹の新刊で休息に注目を集めつつある名曲《ファイヴ・スポット・アフターダーク》が収録されている、カーティス・フラーの『ブルースエット』というアルバムでピアノを引いているのもフラナガンだ。
サイドマンとしての分をわきまえ、控え目ながらもフロントを鼓舞するリズミックなサポートが光る彼は、まさに、映画だったら、助演男優賞を総ナメにするタイプの俳優なのだろう。
オーヴァー・シーズ
しかし、ひとたびリーダーとなれば、このアルバムのように、味わい深い主役も演じることも出来るのだ。
トミー・フラナガンを代表する1枚『オーバー・シーズ』。
エルヴィン・ジョーンズがドラム、ウィルバー・リトルがベースのピアノトリオだ。
ときにダイナミックに。
ときにセンチメンタルに。
ただし、あくまでも、「やり過ぎない」ところが彼の趣味の良さ。
ほどほどのところで引くタイミングもわきまえている彼は、あくまで大人のピアニストだ。
このアルバムの中では《チェルシー・ブリッジ》が好きだ。
ビリー・ストレイホーン作曲の、このしみじみとした名曲を、フラナガンは本当に小粋なタッチで弾いている。
少しずつ、リズミックなタッチで盛り上がってゆく様と、さり気ない演奏に対する心配り。
この演奏を聴くと、トミー・フラナガンという人の人柄、というよりも音楽に対する、センスというか姿勢のようなものがよく分かるような気がする。
《ダラーナ》も好きだ。
この曲も、しっとり系だが、一歩間違えれば「だらーん」となってしまいがちな曲調を、ギリギリのところで、締まりのある演奏にまとめている手腕はさすが。
中盤以降から、急に堰を切ったかのようにエルヴィン・ジョーンズのブラシが勢いづく。
彼の煽りに負けることなく、端正で力強いタッチで応じるフラナガンのピアノが素晴らしい。
この2曲が『オーヴァー・シーズ』の中では私のフェイヴァリットだ。
私が個人的にはもっとも好きなアルバム『エクリプソ』(エンヤ)には無いナンバー2曲が『オーヴァー・シーズ』には収録されている。
しっとりとした曲調ながらも、時折力強いタッチが見え隠れし、この強いタッチを置く位置が絶妙なアクセントとなりアドリブラインに心地よいメリハリをつけている。
名盤の誉れ高い『オーヴァー・シーズ』に収録されている、聴けば聴くほど味わいの増す《チェルシー・ブリッジ》と《ダラーナ》。
一生かみしめるに値する名演だ。
記:2009/10/20