ハービー・ハンコックのお洒落ピアノをさりげなく楽しめるさりげない名曲
2019/09/17
じつはピアノはハンコック
以前は、自宅に友人を呼んでよくパーティなんかを催していたものですが、そのときにかけるBGMの中にさりげなく混ぜていたナンバーが、リー・モーガンの《イル・ウィンド》。
彼のリーダー作『コーン・ブレッド』に収録された演奏なのですが、ほかのナンバーが目立つためか、何気に通り過ぎてしまうような曲ではあります。
そう、『コーン・ブレッド』といえば、リー・モーガンのトランペットのほかに、ジャッキー・マクリーンがアルトサックス、ハンク・モブレイがテナーサックスとして参加しているため、このホーン陣の名前を見ただけでも、そしてレーベルがブルーノートということもあり「コテコテなハードバップ」を連想しがちではあるのですが、たんなる「コテコテ」で終わらない風通しの良さをハービー・ハンコックをピアノに配することで獲得している気がします。
なにしろ、お洒落なんですよ、《イル・ウィンド》のハンコックのピアノが。
ハンコックといえば、マイルス・クインテットに参加していた頃や、自己名義のアルバムの中でも激しいナンバーになると、かなりエグ味を利かせた硬質的な響きをたたえた和音をガンガン繰り出すアグレッシブなピアノを弾く人なんですが、バランス感覚にも優れたセンスの持ち主でもあるので、自分の立ち居地や求められている役割を器用に演じわけられる人でもあるんですね。
アグレッシブなピアノとは対極に、たとえばボビー・ハッチャーソンの『オブリーク』の1曲目なんかでは、とても「あの鋭いピアノを弾くハンコック」とは思えないほどムーディなピアノで聴き手をうっとりとさせますし、今回遡上に載せている《イル・ウィンド》も、わりとそれに近いピアノかもしれません。
レッド・ガーランド的なところも一瞬垣間見えたりするので、クレジットを見せなければ、このピアノの主はハンコックであるということに気づかないジャズマニアも少なくないのではないでしょうか。
村上春樹氏は、以前『ポートレイト・イン・ジャズ』という本で、リー・モーガンのトランペットを「球質が軽い」と評していた記憶がありますが、私も当時はそれを読んだときは言いえて妙だと思ったものです。
しかし、重ければ良くて、軽ければ悪いというわけでもなく、絶妙な「球質の軽さ」があったからこその《ザ・サイドワインダー》のヒットであり、万人に親しまれる《アイ・リメンバー・クリフォード》の名演だったと思うのですね。
この《イル・ウィンド》では、ミュートをつけたプレーをしていますが、重く鬱陶しくは決してならない、絶妙なる軽さが吹かれるトランペットの音色が、より一層ハンコックのピアノをきらびやかに彩っている気がします。
本当は、主役はモーガンで、ハンコックは伴奏者であるはずなのに、なぜか、軽やかなミュート・トランペットと、潤いのあるハンコックのピアノの存在感が主客逆転しているんじゃないかとすら思える瞬間があるところが面白いですね。
本当は、バーで飲んでいるときに、さりげなくこの曲が流れてくれると最高なのですが、有線の選曲頼りのバーでは、なかなかこの曲にめぐりあうことはない。というより、今のところ、バーで流れていたのを聴いたことは皆無です。
ですので、自分で選曲して、うまく雰囲気の流れに溶け込ますしかないわけですが、やっぱり自分の意思でかけるよりも、さりげなく誰かにかけてもらってハッと気がつきニヤリとするパターンのほうが良いですね。
パーティの時にも端休めの一曲としても重宝しますが、大人数ではないときでも、もちろんこの曲は威力を発揮します。
もちろん一人のときにコーヒーやお酒を片手にうっとり聴くのも良いですし、女性と2人の時でも良い空気を醸成してくれることでしょう。
そのときは、口には出さずとも、「あなたのため“だけ”に、今、選曲してかけています」という雰囲気をさり気なく醸し出すことも忘れずに!
記:2018/04/14